ビザールギターのメンテナンス例:60年代後期製 Arai Diamond 1532T

60年代後半の短期間だけ製造されていたAraiブランドのギター、Diamond 1532Tのメンテナンスをさせていただきました。

 上画像は当店でメンテナンスさせていただいたArai Diamond 1532Tというギターです。ビザールギターファンの間では知られた機種だそうで、Fender JazzmasterやJagugar風のトレモロを搭載しているあたりは当時流行していたサーフミュージックを意識したのでしょうか。Araiブランドは荒井貿易のもので、その後はAria ProⅡというブランドに代わり現在に至っています。

 お預かり時は指板には音詰まり箇所が散見され、電気部分もスイッチは緩くなりすぎていて勝手に切り替わってしまう、ボリュームとトーンもガリなどがあり不調といった具合で音は出るものもその音色も何かがおかしいといった状態(ご依頼主様曰く「アンプから出る音がやけに引っ込んだ音」)。実際にアンプにつないでみるとやけにハイ落ちしており音量も極端に小さくなっていました。今回のご依頼は「とりあえずちゃんと演奏できる状態にしてからしばらく弾いて今後の判断をしたい」ということでした。そのためネックについてはフレット交換といった比較的高コストな処置はせずに浮いたフレットの補修とすり合わせ、ナット溝の修正と電気部分の見直しを実施。ご依頼主様は当初ピックアップの性質がイマイチな出音の要因と考えていたそうで、ピックアップも含めて電気部分は交換、互換性のあるパーツは入手困難であることから新たに取り付けるパーツに合わせてピックガードも新調することを検討されていたのですが、幸いピックアップ本体は生きていたことと、新しいスイッチも元のねじ穴を生かした取り付けが可能だったことからオリジナルのピックガードをそのまま利用して仕上げさせていただきました。

以下詳細

 メンテナンス前。製造年を考慮すると塗装部など外観は良好な状態を保っていたと思います。ビザールギターでよく見られる家電のようなスイッチは各PUのOn/Off切り替え用ですが、緩くなりすぎて誤動作しやすく、ボリュームやトーンも動作異常が見られました。また、各PUの直流抵抗値は11kΩ弱なのですが、お預かり時にジャック経由(ボリュームとトーンはフル)で計測すると1MΩ以上となっていました。つまりPUからジャックまでの間に1MΩくらいの余計な抵抗が発生していたことになります。これらからPU以外の電気パーツは総入れ替えすることになりました。ブリッジとペグはもともと交換されていましたがペグについてはねじ穴やネジのサイズが合っておらず強引に取り付けられていて不安定な状態でした。
 ボディバック。
 ネック。マホガニーまたはマホガニーに近い木材が使われています。トラスロッドは緩め切った状態でした。若干ですがネックの波うちが見られました。
 ピックアップは見た目からシングルコイルかと思っていたのですがカバーを外してみてびっくり、コイルが2段積みでした。この時代の日本製ギターにスタックタイプのハムバッカー(?・・・ハムキャンセル構造なのかどうかはよくわからず。単に出力を稼ぐための構造なのかも。 )があったのに驚きました。お預かり時はピックアップ本体は生きていましたが、シールドケーブルのシールドと芯線の間のビニール被覆は経年劣化でボロボロになっている個所が散見され、今にもショートしそうな状態。さすがにこのケーブルのままでの再配線は無理なのでケーブルは根元から交換となりました。
 左2升の錆が目立つビスはピックガードやブリッジを固定していたもの。こうなってしまうとねじ穴にビスが固着して折れてしまったりなどトラブルにつながりやすいのとボディ側のねじ穴内に錆がついていることを考慮してステンレス製に交換。
 右下升のビスはペグを止めていたもの。ペグはGOTOH製クルーソンタイプに交換されているのですが、ビス穴の位置があっていなかったためにねじ穴に楊枝を詰めて細いビスが斜めに入る形で強引に取り付けられていました。そのためかペグの位置もずれており(後述)、一か所は他よりも極端に太いビス(ユニクロメッキのビスがそれ)で強引に辻褄合わせされていました。
 指板、フレット。メンテナンス前の状態(画像Before)ですでにフレットはかなり低くなっていましたが、今回はコストも抑えるためにフレット交換はせずにすり合わせで対処。画像中はフレットの処置の途中の様子。フレット上の赤や黒で塗られている個所は前後と高さがあっていない箇所。詳細は省きますが、この後、浮いたフレットの再打ち込みや必要に応じて補修処置を行ってから指板面をきれいに仕上げ、指板をマスキングの上でフレットの擦り合わせという工程を行っています。すり合わせでは全フレットを一気に削るのではなく、赤や黒で印をつけた前後と高さが異なっている部分を中心に修正してゆくことで全体的に切削量が最低限で済むように対処しています。今回のネックの場合、若干の波うちも見られローポジション側はやや順反り、ハイポジション側はやや逆反りという状態でした。今回はフレットすり合わせのみでローからハイまで十分な直線が得られしっかり演奏できる状態に改善できました。
 今回の場合、すり合わせ前後でフレットの高さは多い部分で0.1mmくらい切削、現在のフレット高さは一番低い箇所で約0.6mm、高い箇所で0.7mmとなっています。 極端に低い状態であり、お世辞にも押弦しやすいとは言えませんが、ヴィンテージギターでは「なるべくパーツを交換したなくない」という考え方をする持ち主様も多く、これくらいフレットが低くなっていることを許容している例はよく見かけますし、ギタリストの腕でカバーすればよい話。一方で幸いにも本機は指板の厚みが結構あるので、 持ち主様が本機をさらにグレードアップしたくなった場合にはフレット交換を行い、同時に指板修正も加えることでさらに演奏性を高められる余地もあります。
 ヘッド。画像左上:お預かり時の状態、 赤矢印の箇所はペグ同士の間隔が広がりすぎたためか他より極端に太いビス(φ3.0mm。他は2.0mmの細いビス)が使われていました。画像左下:ネジを外すと使われていたネジよりもはるかに大きななじ穴に楊枝が詰められていました。これらのねじはすべて斜めに入りこんでおり、つまようじの詰め物では固定力もないのでペグ自体がぐらぐらな状態でした。画像右上:古いネジ穴を埋めてからペグ位置をなるべく揃うように新しくねじ穴を開け直してペグを取り付けたところ。1・6弦のペグの外側ビスは元のビスよりやや太い2.3mmを、ペグ同士の間は若干の隙間ができる位置関係なのでしっかり固定されるよう両端よりさらに太い2.6mmのタッピングビスを採用することでつじつまを合わせて固定。画像右下:ヘッド表側はペグブッシュをつけ直した以外は特に手を加えていません。
 メンテナンス後のネックジョイント部。交換されていたブリッジに合わせるためにネック角度の調整が必要でそのためのシムをネックポケットに仕込んでいます(赤矢印の箇所、少しだけそのシムが見えます)。
 元々はネックポケット先端に細くかなり厚みのあるシムが仕込まれていましたが、ネック角度の調整には不十分でした。こうしたシムの使い方はよく見かけるものなのですが、実はネック角度が稼ぎにくい上にネックハイ起き状態を誘発する懸念もあるので注意が必要です。当店ではその注意点も踏まえて楽器に合わせた専用シムを制作して取り付けています。今回はメイプルの板で専用シムを制作、仕込んでいます(右画像)。新しく制作したシムの厚みは元々のシムの半分以下ですが、しっかりとネック角度を調整することができ、構造上ハイ起き誘発の懸念も払拭されたものになっています。
 ブリッジ部のBefore/After。ピックガードやトレモロユニットを止めているビスを前述の錆びたビスからステンレス製に交換しています。また、オクターブ調整の都合で3,4弦のサドルの向きを入れ替えました。
 元々のスイッチは再利用が困難で互換性のあるものもなさそうなのでトグルスイッチに変更。ボリューム、トーンのノブはビザールっぽいものをチョイス。
 トグルスイッチに変更するにあたって最初は左画像のようにピックガード表側にプレート足して取り付ける予定だったのですが、スイッチの位置が弦に近く、演奏時に誤操作しやすいと考え、最終的にはピックガード裏からプレートを足して取り付け。ねじ穴はもともとのスイッチを取り付けるビス穴を少しだけ加工を加えて再利用しています。ボリューム側のプレートとピックガードの間に結構隙間がありますが、これは元々ではなく経年変化でピックガード材、プレート材のセルロイドが収縮したためでしょう。そのためそれらを固定しているビスも木部のビス穴と位置が少しずれているので斜めに入っています。
 電気配線Before/After。ピックアップから出ているシールドケーブルは再利用できない状態だったので根元から新しいケーブルに交換。今回ピックガード裏とボディザクリにシールド処理も加えているのでケーブルはノンシールドタイプにしています。POTはザクリの幅が狭かったのでBournsのミニPOTを選択。ジャックはおなじみスイッチクラフト、コンデンサーはセラミックディスク。トグルスイッチはEVHやESP製のギターでよく見られるタイプを採用しています。 ケーブルは古河電工BX-S。
 ボディザクリ部のBefore/After。左画像が元の状態。そのままではザクリ内壁面がデコボコすぎるのと製造時の研磨剤も残ってたりもするので、シールド塗装前に研磨を加えています(中画像)。また、ピックガード、ザクリのシールドがしっかりつながるようにねじ止め部にアルミテープで舌を貼っています(中画像)。研磨には塗装する面に適度な傷を入れることでシールド塗料をしっかり食いつかせる目的もあります。
 シールド塗装は乾燥後にザクリの両端で抵抗値を計測、抵抗値が大きすぎる場合はシールドがまだ不十分あるいは不均一なのでさらに重ね塗り。2度塗りでOKでしたが、3回塗る場合もあります。また大事なポイントとして画像には写っていませんが、最終的にザクリ内壁にラグを打ってPOT背面にアースをつなぐ処置も行うのがベストだと考えており今回もそのようにしています。この処置を省略しても今回の回路ではしっかりシールドは機能しますし、同様のメーカー品でも省略していることが多いのですが、触れているだけで通電させている個所(アルミテープとPOTが触れて通電している個所など)は時間がたつと水分や汚れにより通電不良を起こすことがよくあるので、万一そうなってもシールドがしっかりアースに落ちるようにする予防処置になります。実際に「シールド処理されているのにノイズが多い」という相談は結構ありますが、その多くがアースの接続不良だったりします。

 最後にサウンドチェック。アンプは本機と同時期製造(60年代中期)のGuyatone GA-620。このアンプは近日出品予定で、既に最低限のオーバーホールは済んでいる国産の真空管アンプです。Fenderで言えばPrinceton Reverbのような立ち位置の機種でコントロールは1Vol,Treble,Bass,Reverb,Tremolo(speed,intensity)となっています。今回アンプ内蔵のReverb等含めエフェクトなし、アンプのボリュームは50%くらい。このセッティングでギター側のボリュームフルで強めのピッキングだとクランチくらいの歪みになります。前述の通りコイルは2段重ねシリーズ接続のためか出力はやや高めなのですがギター側のボリュームを絞るときれいなクリーンにもなり意外と扱い印象でした。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です