ボロボロの楽器のレストア例:1993~94年製 Fender Japan ST62-53 STratocaster

レストア作業を終えた93~94年製 Fender Japan ST62-53。

 上画像は当店にてレストアさせていただいた1993~94年フジゲン製造のバスウッドボディのFender Japanストラト、型番はおそらく ST62-53 と思われます。オリジナルの状態ではなくピックアップとボリューム、トーン、スイッチ、トレモロユニットがオリジナルと異なるものになっています。あるいはひょっとしたらネックのみST62(ネックにST62の印がある)でボディは丸ごと他のストラトのものに置き換わっているという可能性も考えられます。とは言え基本的にはバスウッドボディの普通のストラトとみてよいでしょう。今回レストアとはいってもご依頼主様と相談検討の上で電気部分の問題解決はとりあえず先送り、主に振動部と金属部品の処置を行っています。以下詳細レポート。しばらく弾かれずに仕舞われていた古いギターやベースを使える状態に復帰させたいとお考えの方の参考になれば幸いです。

まずは元の状態の確認。

 塗装部は製造から30年以上経過しているギターとしては綺麗です。ブリッジはオリジナルでは通常の11.3mmピッチのシンクロブリッジのはずですが弦間ピッチ10.8mmのものに交換されています。このブリッジ自体も古いようで錆とメッキ表面のくすみが目立ちます。ピックガード上のビスも同様。本機は譲り受けたものだそうなのですが、以前の持ち主さんがピックアップやボリューム、トーン、スイッチ(あとブリッジも)を交換しているか、あるいはボディ自体が別のストラトからコンバートされたものだと考えられます。オリジナルではピックアップはFender Japanでは汎用品的な立ち位置の国産ST-Vintage、他の電気パーツも国産だったかと思いますが、本機に現在搭載されている電気パーツは海外製の汎用パーツとみられます。センターのトーンはノブが割れているのがわかりますが、POT自体も故障しており動作も不良。フロントトーンとボリュームは問題なく機能しますが、スイッチはガリがでるのと、全体的に弦アースのつながりが悪いのか演奏中にノイズが気になる瞬間がありました。ご依頼主様との相談でとりあえず電気部分については現状でも演奏は可能であり今回は生音の復帰させてしばらく使って必要に応じて電気部分も手を加えるか検討するという方向になりました。
 指板とフレット。指先が触れていた部分は手脂などのせいか色が濃くなり、触れない箇所は乾燥して色が薄くなっています。固着した汚れは比較的少なく以前のオーナーさんの下ではあまり汚れがたまらなかったものの、指板のコンディショニングといったケアは長期間されていなかったと考えられます。実際、フレットはあちこち浮き上がっておりかなり弦高を高くしても音詰まりや過度なバズが出る状態でした。最初はフレット浮きの補修とフレットすり合わせ、ナット交換を検討したのですが、それでも演奏性の改善はできるものの、あと少しの費用上乗せをすればフレット交換が可能で、その方が演奏性もより高まりコスパも良いと判断、フレット交換することに決定しました。
 ハイポジションのフレットが2本抜いてあるのは、フレットを抜いてフレットの足の大きさと指板のフレット溝の幅を確認したため。当店ではフレット交換に際してはフレットを抜いてフレットの大きさや指板溝の幅を確認の上で交換フレットの候補を絞っています。現在、交換フレットのラインアップはかなり広く、交換する指板の溝に合う足のフレットだけに絞っても十分な選択肢があり、あえて溝に合わないフレットを選ぶ必要もないと考えています。もっともブランドによってフレットの違いもあり、そこにこだわってあえて指板の溝に多少合わないフレットへの交換を行うケースもあります。その場合、そのまま溝幅より足が薄いまたは厚いフレットを打ち込むと前者は順反り傾向がやや強くなる懸念が、後者は逆反り傾向の懸念があると考えられますので、それに応じた方法を取ります。そのためコストも少し膨らみます。後例外的なのですが、元々順反り傾向が強かったネックに溝幅よりも足の厚みがあるフレットをあえて選択することで逆反り傾向を誘うという考え方もあります。
 ヘッド。ボディと同じく塗装部は比較的傷みが少ないですが、ナットは摩耗が限界、ペグやストリングリテイナーはメッキ表面のくすみが出ています。
 ブリッジは弦間10.8mmのもの。オリジナルではUSAと同じ11.3mmピッチですが、1弦や6弦の弦落ちを気にされる方には好都合なブリッジと言えます。とは言え長く手入れがされていなかったことが伺える状態で掃除とビスの交換をすることに。
 錆がやばそうなビス類。画像左上から時計回りにピックガードのビス、ピックアップ吊り下げビス、ブリッジのオクターブ調整ビス、サドルの弦高調整のイモネジ。今回は全部交換することにしました。

ここからはフレット交換をメインに今回行った処置を紹介。

 古いフレットを抜いて指板表面のクリー二ングまで終えたところ。画像ではわかりにくいですが16フレットの1弦側端に欠けがあります。欠けの補修が必要なのはそこだけで 全体的にきれいにフレットが取れました。
 指板の修正まで終えたところ。 カタログ上の指板Rは7.25inchくらいですが、元々の誤差か経年変化によるものか、1フレット付近とハイポジションの1弦下と6弦下は7.25inchよりやや小さいRになっていました。今回、オリジナルの状態よりも弦高を低くセットできるようにするためハイポジション側は7.25inchより少しフラットになるように指板修正。指板の色をみるとローポジションには手脂による染みがまだ残っていますが、最後に専用オイルワックスによるコンディショニングでほとんど見えなくなることと指板修正で削る量は最低限にとどめたいので、これ以上の切削はNGと判断。
 前の画像で分かりにくかった16フレット溝端の欠けがこの画像ではよくわかります。ここの補修はフレットを打つと同時に行いました。
 新しいフレットは国産のジャンボフレットを選択(三晃SBB-215)。画像はフレットを打ち込んで両サイドの切削まで終えたところ。
 打ち込んだフレットの両端はそのままでは手指にかなり引っかかるので大まかに面取り加工。また指板のエッジもたったままだと演奏の際に気になるところなので面取り加工をしました。16フレット端の溝の欠けも補修。この後でフレットすり合わせとフレット両端の面取り加工の仕上げを行いますが、前々項の指板修正でしっかり面とと直線を出しているのでフレット頂点を削るのはごくごくわずかになります。
 フレット擦り合わせをして高さを高精度で合わせた上でフレットの面取り加工、それらの仕上げ研磨、指板のコンディショニングまで終えたところ。1弦16フレット付近にあった指板欠けも治っています。指板修正の工程が高精度で行え、フレットが綺麗に打ち込みできていればこの段階でのフレットの高さと打ち込み前のフレットの高さはほぼ同じになります。
 ブリッジは分解してクリー二ング、錆が気になったオクターブ調整ビスとサドルのイモネジはすべて新品に交換。
 ボディもクリー二ング。ピックガードのビス、PUのビス、スイッチのビスはすべて交換。「見た目が渋いから錆びたビスのままでもいい」という考え方もありますが、それは程度次第。錆びた木ネジはそのまま使用続けると折れてしまったり、錆が浸潤して木部も傷んだりしてかえってトラブルにつながりますし、そうなった場合に修理費用を考えると交換が吉。電気パーツのビスも錆びたものをそのままにすると他の電気パーツに錆をばらまいてしまったりしてよいことはないので同様です。
 元のままだとブリッジサドルの調整だけでは弦高を目標の低さにするにはサドルが低くなり過ぎたのでネックシムを制作してネック取り付け部の角度調整で解決。画像は調整途中のシム。ハードメイプルの板を削り出して制作していますが、この画像は完成品ではなくこの後でさらに削り込んで本機に合わせています。今回の場合、もともと0.5mm厚だったハードメイプル板材を0.3mmまで切削。シムの面積もこの画像よりもう一回り小さくしました。
 弦を張って調整も終えたヘッド。ペグとストリングリテイナーも分解清掃してきれいになりました。ナットはラクダ骨から削り出し制作したものを取りつけ。ヘッド部のメイプル材はうっすらフレイム杢が出ていていい雰囲気です。

 弦はelixer optiweb 10-46をレギュラーチューニングで張り、弦高は1弦12フレット1.4mm、6弦は1.9mmに調整。トレモロはべた付けです。

最後にサウンドチェック。アンプはFender Vibro King。

クリーン

 

クランチ。歪はWEEHBO Effekte JTM Drive。

 

先のクランチをXotic BB Preampでゲインブースト。

 

 今回電気部分はノータッチですが、元々交換改造されておりその部品はおそらくは入門機に搭載されているような海外製汎用品で配線も正直きれいではなく、弦アースが効きにくかったり、センタートーンが壊れていて効かなかったりしておりしっかりやり直す余地がありました。とは言え、フレットなど振動部がしっかり復帰すればアンプを通して演奏は可能な状態で、電気部分に手を入れるとしてもできるだけ一気に入れ替え再配線した方がコスパも良いこと、ストラトは交換パーツが豊富で特にピックアップは方向性をしっかり定めて交換した方が満足度も高いことなどから先送り判断となりました。勿論一度に全部修理調整してしまっても良いのですが、ご予算の都合や、そのギターの今後の使い方が不透明だったり、パーツ交換するにしてもそのパーツの方向性を決めかねる、あるいはそのギターの生音での弾き心地や音の性格を見極めてから、交換パーツについて色々調べてあたりをつけてからピックアップなどの交換を考えたいといった場合も多いかと思います。そういった場合は一気にすべて処置せずに段階的に手を加えてゆく方が結果も良いと思います。

以上、参考になれば幸いです。

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