アコースティックギター基本調整Standard+サドル底面切削による弦高修正の例

基本調整とサドル修正でお預かりしたHistory NTS3。この画像がすべての作業を完了した状態。

上画像はHeavy Gauge Guitarsの「アコースティックギター基本調整Standard」とオプションの「サドル底面切削による弦高修正」をやらせていただいたHistory NTS3です。ご依頼主様のご許可を頂き、アコギの基本調整の例としてレポートさせていただくこととなりました。アコギの調整をご検討されている方のご参考になれば幸いです。

Heavy Gauge Guitarsでのアコースティックギターの基本調整Standardコースの主な内容は以下の通り。

  1. 弦張替え
  2. ネック調整(トラスロッド調整)/弦高調整
  3. ペグ等ねじ止め部のチェック、調整
  4. フレットの鏡面研磨
  5. 指板クリーニング・コンディショニング

 当店ではご依頼主様が気にしている箇所等ヒアリング、実機の点検を行った上で持ち主様のご要望を実現するための処置方法の提案(選択肢の提示)をさせていただいております。今回は「弦高を下げたい」という強いご希望もあり、上記メニューだけではは不十分と考え、追加オプションのサドル底面切削による弦高修正も提案、実施させていただきました。以下レポートします。

 

 まずは弦を外しました。張られていた弦はDaddario Phosphor Bronze EJ15でゲージは10-47というエレキギターの弦ようなライトな弦。張り直す弦も同じセットを使いました。後述しますが、このお客様の弦の張り方は伝統的なものに近いやり方ではあるものの、弦を外す際に難儀しやすく弦先が指に刺さったり(職業柄時々この手の負傷をしています。とても痛い!)、弦の先端でヘッドを引っ搔いてしまうなどあまり良いことがない張り方です。新しい弦を張り直す際はそうしたリスクが少なく張替え自体がより簡単な張り方に変更させていただきました。弦止めピンは各弦毎に異なる凹み等の癖を生じていることもあるのでどの弦のピンかわかるようにして保管しています。ピンは同じ規格で作られているであっても摩耗に個体差は生じるので入れ替わらないように注意しています。
 弦を外した時でないと内部のチェックはできないのでこの機会にブレーシングの剥がれなどの異常がないかチェック。ただ覗き込んだだけでは見えない箇所は画像のようにミラーを使って、光を当てながら見ていきます。今回は問題はありませんでした。
 次にフレット鏡面研磨に入ります。まずはフレットだけ露出させて指板をマスキング。さらにヘッドやボディ側もドレープをかけます。 DIYでフレット磨きをしている方は多いと思いますが、そうした方からすると「そこまでマスキングやらしなくてもいいのでは?」と思われるかもしれません。当店の場合単に研磨剤(コンパウンド)で磨くだけではないことと、複数のフレットを一気に磨くのでこうした方が安心で合理的です。お店ならではのやり方と言えるかもしれません。
 鏡面研磨の第一段階目は研磨パッドを用いての研磨です。フレット側面に付着した腐食や汚れを落とすことと微細なバリを除去してできる限り滑らかな面を出すための下処置になります。画像右は研磨パッドによる研磨を終えたところ。この時点でフレットに輝きが出ていますが、後の作業でもっと輝きます。ここで使用している研磨パッドは番手1200~1500ですが、汚れやバリが頑固な場合は一段階粗い研磨パッドでの研磨を先に追加することもあります。「フレットの高さが変わってしまうのでは・・・」と心配される方もおられるかもしれませんが、ちゃんと高さが変わらないように研磨できるので大丈夫です。
 次に研磨剤(コンパウンド)での研磨。画像左上の専用のあて木にウェスを巻き付けて画像右上のような感じで複数のフレットの上面を同時にしっかり磨き込んだのち、手磨きでフレット側面を磨き、最後に全体の空磨きをします。この工程はコンパウンドの番手を変えて2セット行います。1度目の番手で十分ピカピカになりますが、さらに細かい番手で2サイクル目の研磨を行うことでより滑らかに仕上げ、演奏性の向上を目指しています。専門店としてやらせていただく以上は「専門店品質」を目指しています。
 手磨きは結構疲れるので以前は電動工具を用いていたのですが、自分の場合、意外と手磨きの方が綺麗に仕上がるのと電動工具だと研磨剤が広範囲に飛び散ってしまって後始末が大変なのでここ数年は手磨きに落ち着いています。
  研磨剤はホームセンターなどで入手できるピカールや車用の傷取りコンパウンドでもフレットは綺麗になりますが、溶剤に何が使われているかわからないことが多く、指板材やバインディング材、塗膜保護の観点から当店では素性がよくわからない剤は使わないようにしていて、ギター制作の塗装研磨で使用するコンパウンドを使っています。
 研磨剤による磨き×2セットを終えたところ。満足な輝きが得られました。
 マスキングをはがしてフレット縁の汚れを除去。ここでは毛先の細い歯ブラシを使っていますが、この後さらにウェスで汚れをふき取ります。
 鏡面研磨とフレット縁のクリーニングが終わったら今度は指板にミネラルオイル+蜜蝋+カルナバワックスからなる仕上げ剤を塗布、拭き上げ、乾磨きします。この作業を当店では「指板のコンディショニング」と呼んでいます。画像はその作業を終えたところ。仕上げ剤に含まれるワックス成分は指板だけでなくフレット表面にも保護膜を形成します。
 今回のギターには該当しませんが、手垢が強固にこびりついているような汚れのひどい場合はマスキングの前に汚れをこそぎ落とす工程やオレンジオイルを用いたクリーニングを追加することがあります。
 フレット鏡面研磨+指板コンディショニングの実施前後の比較。見た目が綺麗になるだけでなく弾き心地もしっかり向上するのが大事なポイントです。鏡面研磨によってフレット表面の摩擦が少なくなるのでビブラートやチョーキングがやりやすくなるのはご理解いただけると思いますが、実は押弦自体も楽になりますし、音もきれいに伸びやすくなります(スライドギターと同じ理屈です)。また、フレット表面の摩擦抵抗が小さくなるため、鏡面研磨していない曇ったフレットに比べて摩耗しにくくもなります。
 指板コンディショニングによって指板も摩耗に強くなります。ローズウッドやエボニー指板の場合、ケアをしないまま長く弾いていると指板が乾燥してカサカサになってしまったり、手汗の浸透や垢の付着、指板の乾燥収縮、湿気による膨潤によってフレットが浮いてきてしまいやすくなります。また、そうした状態の指板は摩耗が早くなりやすく凹みが生じたりします。指板コンディショニングは結構大事なケアだと言えます。
 次はサドル底面の切削。画像左上は切削前に削る目安の線を引いたところ。切削後のが画像右上。1弦側は0.4mm、1.1mmくらい切削しています。切削面はしっかりした平面になっている必要があるのですが、綺麗にできているかどうかは画像下のようにスケールを当てて光を透かしてみたり、切削面に蛍光灯等を写して面の歪みなどがないかを念入りに確認します(画像右下。この確認を行うためもあり切削面はものが写り込むくらい滑らかに仕上げています)。また細かいことですが、1弦側と6弦側で切削量が異なるということは両端が垂直から僅かに傾くのでその修正も行っています。
 今回の場合、お持ち込み時の弦高は1弦12フレット1.9mm、6弦は2.7mmくらいでしたが、以前の調整でトラスロッドを締めすぎたのかネックは逆反り気味でした。ご依頼主様へのヒアリングで2,3弦あたりでバズが気になるというような話もあったのですが、それはネックが逆反り気味だったことの影響と考え、確認のためにトラスロッドを少し緩める方向に調整(弦高は1弦2.0mm、6弦2.8~2.9mmに変化)で試し弾きしていただいたところ、バズは気にならなくなりました。また、この状態で弦高が気になるのは低音弦側ということもはっきりしました。ご依頼主様が感じている不満点を整理してサドルの切削量を決定してようやく切削に移ります。今回の場合、トラスロッド調整後の状態から1弦側は0.2mm、弦高が高いと顕著に感じる6弦側は0.6mm弱低くなるように切削。
 サドル切削前後でのサドルの高さの変化。1弦側は約0.4mm、6弦側は1.1mmほど下がっています。この量の切削で12フレットではそれぞれ0.2mm、0.55mmの弦高変化になります。最終的に弦高は1弦12フレット1.8mm、6弦は2.3mmくらいなりました。勿論狙い通り。

サドル切削に挑戦する際のご注意

 サドル底面の切削調整はYoutubeなどで「簡単に弦高を下げる方法」という感じで紹介されていることが多く、挑戦している方もたくさんいるようですが、実はこの作業の失敗によるトラブルは非常に多く、当店でも失敗しておかしくなってしまったアコギがよく持ち込まれます。サドル底面切削は弦高を下げるのが目的で行う作業ですが実は第一選択の方法ではありません。アコギの弦高調整は第一にトラスロッド調整とナット溝の確認、必要に応じてナット溝掘り下げ修正の方が優先順位が高く、それでも足りないときにサドルを削るという手順になります。さらに1弦から6弦の弦高のバランスを考えるとサドル底面を削って全体的に下げるのではなく、サドル上面の任意の箇所を削る、あるいは任意のRに削る方が先決のことも多くなります。実はサドルのRと指板Rがずれているギターも多く、そうしたギターで安易にサドル底面を削ってしまうと弦高が低すぎる弦とそうでない弦の落差が顕著に出るようになるなどかえってバランスが崩れますし、1弦側と6弦側の修正量の差が大きいときは無理に底面切削してしまうとサドル両端の垂直の修正で不都合が生じることもあります。上面の切削ではオクターブを意識して各弦の乗る位置の修正や弦が乗る箇所のカーブも踏まえて成形しなければならないのでより高度になります。

サドル切削失敗の典型的症状
①弦高が低くなり過ぎた。各弦のバランスが悪くなった。
②サドルが傾いてしまった。なぜか浮いてしまう。ピエゾPUの出力が弦毎でばらばら、音が小さい。ノイズやバズの増大。
③弦高は下がったが、音がビビるようになった。あるいは音が伸びなくなった。サドルの上を弦が動きやすくなった。

 これらの症状は複合的に生じることも多いです。サドル切削を行って以上のような症状を一つでも感じるようになった場合は削りすぎ、面精度・直線精度・角度精度の不足・不良、R不一致等が強く疑われます。こうした例では削ってしまった部位は戻せないので失敗への対処は「サドルを新しく作り直す」となることが多いですが、逆に言えば、失敗したら新しくサドルを作れば解決するので挑戦するのも決して悪いことではないと思います。とは言え安易に挑戦してかえって解決費用が高コストになりがちでもあるので挑戦しようと思っている男前な方はご注意を!

 サドルの修正が終わったら弦を張って完成ですが、弦を張った状態では拭き掃除がしにくい部分をしっかり拭き掃除します。塗装が劣化しているヴィンテージギターの場合はポリッシュは使わず乾拭きのみの場合もあります。使用しているポリッシュにはワックス成分も入っており汚れ落としと同時にワックスによる保護膜もでき手触りも良くなります。ブリッジベースは指板のコンディショニングの時と同じ仕上げ剤で仕上げています。
 弦を張る前にペグの各部をチェック、必要に応じて修正します。①の六角ナットや②のネジが緩んでいることは非常に多くチェック必須です。これらが緩んでいることがバズ音の原因になることもあります。③ではペグを回す際のトルクを調整しています。ロトマチックタイプのペグの場合はペグボタン側面のねじの締め具合でトルク調整できるものが多いです。6個のペグがなるべく同じくらいのトルクになるように調整しました。
 いよいよ弦を張ります。ストリングワインダーを使用していますが、それによってヘッド側面に傷が入らないようにマスキングしています。マスキングの一部を丸く欠いていますが、これはその箇所に塗装の小さな割れがあり(矢印の箇所)その部分にマスキングテープを貼ると剥がす際に割れの箇所の塗膜も一緒剝がれてしまう恐れがあるのでテープが乗らないように欠いています。マスキングはヴィンテージギターのように塗装が傷んでいるような場合は省略することもあります。
 一番最初の項で触れた弦の張り方ですが、当店ではペグポストの穴に弦を通し、そのまま巻いてゆくだけ。穴に通した弦を折り返したりするのが昔からある弦の張り方ではあるのですが、実はそこまでする必要はなく、むしろ単純に穴に通しただけで巻く方が早くきれいに巻けてなおかつチューニングも安定しやすいです(画像右)。取り外しも比較的簡単でケガもしにくくなるのでお勧めです。巻数は6弦1.5±0.5周で1弦は4~5周を基準にして太い弦は少な目、細い弦は多めを前提にギターの仕様によって微調整しています。例外的にフェンダータイプの平行段ヘッドでは弦がナットを押さえつける力を稼ぐために3,4弦あたりはかなり多めに巻くこともあります。
 弦の巻き方の比較。
 ナット溝の汚れにも着目。今回はプレーン弦の溝に汚れがついていました。こうした汚れは錆を誘いやすく音質に影響することもあるのできれいに掃除しておいた方が無難です。錆などがこびりついてしまって削り落とすしかない場合もありますが今回はそこまでせずにきれいになりました。

仕上がったらサウンドチェック。まずは指弾き。

 

ピック弾きでもチェック。

 

 以上で作業は完了になります。返却時にご本人に弾いていただいて確認してもらい、必要に応じて微調整を加えることもあります。また、返却から2週間以内に状態の変化を感じた場合は無償で再調整を保証しています。引き取り時にOKと思っても家で弾いているうちに違和感に気づいたりすることはあるでしょうし、ネックの反り具合は少し時間をおいてあるいは時間をかけて変化することもあるのでそうした保証も必要と考えております。

 今回はアコースティックギターの基本調整の例、特にフレットの鏡面研磨とオプションのサドル切削について掘り下げて紹介しました。ご参考になれば幸いです。

 

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