フレットすり合わせの例:Fender American Vintage 62 Jazz Bass

フレットすり合わせをさせていただいたFender Jazz Bass。

上画像は音詰まり等の症状で当店に持ち込まれたFender American Vintage 62 Jazz Bassです。フレットの摩耗・凹みに加えて浮き上がりも多発していました。以下フレットすり合わせの一例としてレポート。

 最初に弦を外し、まずは全フレットを軽く再プレスして沈み込まないかどうか、浮き上がっていないかなどをチェック。今回の場合、赤で印しているフレットは浮き上がっていて、押弦すると沈み込み、離すと再び浮きがある箇所。こうしたフレットはまずは浮き上がった隙間を樹脂を流し込み固めて押弦の際に沈みこまないようにします。ただし、浮き上がりの量が多い、フレットのRが顕著に変形している場合などフレット交換するといった選択肢の方が予後も良好でおすすめな場合も多いです。問題のあるフレットを一度抜いてRをつけなおして打ち直すという方法もありますがであまりやらないです。
 樹脂を流し込んでフレットを固定するとなるとイメージが悪いかもしれませんが、フレット交換の際は古いフレット抜いてめくれた指板を接着剤(つまり樹脂)で補修をしますし、リペアマン以外にはあまり知られていないかもしれませんが、新品製造時のフレット打ち込みでも指板の溝に接着剤を充填しているメーカーは意外と多いです。おそらくは安定性を高めるための処置として施工されているのだと思います。
 本機の場合もフレット打ち込みの際に接着剤を用いていたと考えられます(矢印の破片はフレット淵に付着していた古い接着剤がはがれたもの)。
フレット浮きの補強・補修を終えた状態で再度フレットの高さが周囲と合っていない箇所に赤で目印をしたところ。はみ出た樹脂は削り取りますが、全体の見栄えを揃えるために指板全体を軽く研磨して整えてあります。
 ここからようやくフレットすり合わせの作業に入ります。①まずはネック全体をしっかりマスキング。 切削で生じる細かな鉄粉で塗膜表面に傷を入れたり、PUに付着したり、指板の導管などに詰まったりなどしますがしっかりマスキングすることでそれを伏防ぎます。 今回はボルトオン構造のネックなのでネックを取り外して作業。セットネックやスルーネックの場合はボディ側もマスキングします。②いきなり全フレットの切削をするのではなく他よりも突出したフレット(前画像で赤目印を付けた個所)をまずは軽く切削して前後のフレットとの高低差を解消します。いきなり全体を切削する方法でも高低差は解消できるのですが削る量は多くなりがちです。切削量を最小限にとどめるためにこうした工程にしています。③突出したフレットの面合わせが終わったらフレットの上面全体を赤で塗ります。この後のフレット全体の切削で凹んだ箇所を見分けるための処置です。
 まずは粗削り。今回は400番(使用するやすりの粗さを示す数字、数字が小さいほど粗い)からスタート。400番で少し切削した状態が左側の6枚の画像。フレットの凹みがまだ残っています(拡大してあるのは1,2,3フレット)。右側3枚の画像は番手を600にしてさらに削り込んだところ。2フレットに少し凹みが残っています(画像ではわからないかも)。この時点で画像をとっていない箇所にはもっと深い凹みも残っていましたが粗削りの段階で完全に平面を出すとそれだけ多く削ることにもなるので最終仕上げを終えた段階でようやく凹みがなくなることを意識して作業を進めています。削り始める番手は状況によって400~800番、場合によっては1200番とまちまちですが、例えばフレットの形がきれいで、前画像で説明した突出フレットの処置のみでフレット頂点を結んだ直線がしっかり出せる場合は細かい番手、はっきりとした凹みがある、フレットの形状も崩れている場合は粗い番手からといった具合にケースバイケース。
 粗い番手を使用する場合は600または800番まで切削した後でいったんすり合わせは停止してフレットの形状を整える粗削り作業に移ります。
 再びフレット上面を塗りつぶしてからすり合わせ作業で拡大したフレット上面の形を整えてゆきます。同時にフレット両端の面取り。画像はそれらの粗削りを終えたところ。フレット上面が狭すぎると摩耗が早くなり、広すぎると音が鈍くなるのでバランスを考えてある程度内の幅になるように削って形を整えます(赤い部分が平面になっています)。
 前画像でフレットの形を粗く整えた後に細かいやすりで中仕上げを終えたところ。遠目には綺麗にみえますが拡大してみるとまだ表面は荒れています。角がなくなるようにしっかり面取りを行い、大きな傷も落としてあります。
 フレットの形を整えた後でフレット全体の高さを揃えるすり合わせ作業に復帰します。今回の場合、「1200番で切削、面取り研磨」➾「1500ですり合わせと面取り研磨」という2段階を施工。言ってみれば「仕上げすり合わせ」のような感じでしょうか。画像は1500番での平面出し作業を終えたところ。この時点でようやく凹みが完全に消失。仕上げすり合わせで使用する番手は1200~2000番でやはり状況に応じてまちまちです。
 最後の面取り研磨を終えた状態。すでにピカピカですがこの後で研磨剤で鏡面状態にまで持ってゆきます。
鏡面研磨を終えマスキングをはがしたところ。まだ終わりません。
 指板のコンディショニングを終えたところ。指板の色が濃くなり艶も出て美しくなります。ローズウッドやエボニー材の指板の場合はコンディショニングには天然ワックスとミネラルオイルを用います。ワックスによって指板だけでなくフレット表面も薄く保護膜ができます。
 仕上がった状態を拡大。今回の場合、一番削った個所でもフレットの有効高が低くなった量は0.05mm未満。数字ではごくごくわずかに感じますが逆に言えばフレットの凹みは少し凹んだだけでも見た目には派手に凹んで見えるということでもあります。勿論「切削量は最小限にする」ということを重視してやった結果でもあります。
 今回のベースはネックジョイントビスの穴が一か所緩くなっていました。その補修も実施。①の矢印の箇所が問題のねじ穴。他の穴より大きくなっているのがわかります。②まず穴を木の棒で埋めて、ネジを止める際の中心をとります。③②の中心を軸にねじ穴よりも大きい正円の穴を切削。④③で空けた穴を専用に作成した木栓で埋めます。栓の材料はネック材と同じハードメイプルで埋める際に木目の方向がネックと同じになるように作っています。ねじ穴補修は既製品の木棒で埋める方法が知られており、当店でもピックガードのビス穴などではその方法を選択していますが、それだと強度・耐久性が得られにくいのと埋める材と周囲で繊維の方向、木目方向が異なってしまうので強度と耐久性を要し、ネックの振動が伝わる大事な部位であることを考慮して専用栓を作成して埋めるという方法をとっています。⑤接着剤乾燥後に栓の飛び出した部分を切り落とし表面を整えたところ。⑥新しいネジ穴を開けたところ。これでネックの固定はバッチリになりました。
Jazz BassやPrcision Bassではちょうどよい弦高でも弦がサドルを抑える力が不足してサステインが不足する、サドルが暴れてバズを生じるなど音に影響が出ることがあります。個体差はあるのですが本機の場合はまさにそうした状態でした。画像は弦を外したサドル。➾の箇所かなりブリッジプレートとイモネジが離れています。このまま弦を張った弦高がご依頼主様が使用していた状態だったのですが、弦高は結構高かったにかかわらずサドルは暴れやすい状態です。これを改善するために次の処置を行います。
ネックポケットにシムを仕込むことで前項で説明した不都合を解消します。市販のシムではなく本機の状態に合わせてハードメイプル材でシムを制作して仕込みました。画像は最初に作ったシム。このシムでは不十分だったので後からもう一枚形を変えたシムを作成して実際にはそちらで調整しました。画像のシムと何が違うのかは秘密。ギターでもベースでもシムによる調整はよくやるのですが基本的には専用シムを制作しています。この画像のシムがその基本形。
ボリュームのガリやトーンが効かないという問題も生じていたので電気パーツも一新しました。

以上が今回のJazz Bassのフレットすり合わせと合わせて行った修理・調整です。最後にサウンドチェック。

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